東京なりゆき通信 vol.7  寅さん 2015.8.11


 「寅さん」に会いに行ってきました。そう、映画「男はつらいよ」、葛飾柴又のフーテンの寅さんに、です。この夏、気温35度以上の猛暑日連続8日間という、酷暑新記録が生まれてしまった東京都心。私が訪れた日も相当に暑かったのですが、映画同様に「帝釈天」参道の皆さんは人情に厚く、汗だくの私をいろいろ気遣ってくれました。さすが寅さんのロケ地です。寅さんはじめ、
寅さんの銅像がある柴又駅
おいちゃん、おばちゃん、御前さま、タコ社長ら亡くなった方も多いですが、映画の感動がよみがえった「柴又散歩」でした。

 柴又には「寅さん記念館」と「山田洋次ミュージアム」があるのです。記念館には映画撮影に使われたあの「くるまや」のセット、タコ社長の朝日印刷所、資料展示コーナーなど、ミュージアムには山田洋次監督が作った映画や監督の人生観が分かる資料が展示されています。
 
 記念館とミュージアムは向かい合わせであるそうです。柴又駅を降りてまず向かったのは帝釈天参道。情緒あふれる参道には寅さんグッズ、関連のお店が軒を連ねます。ちょうどお昼時、第1作のロケが行われた団子屋さんの「とらや」に入り、冷たいおそばを頼みました。映画のおばちゃんよりはちょっと若い? おばちゃんたちが「はい、冷たいお水ね」「はい、おしぼりよ」など、駅から歩いただけで既に汗だくの私を不憫(ふびん)に思ったのか、いろいろ世話してくれました。
おばちゃんたちにお世話になった帝釈天参道のとらや
 店内を見回せば映画のポスターがずらり。これがまたいい具合にセピア色になってなんともまあ風情があること。店の右奥には見たことがある階段。「第1作で撮影された階段です」と説明書きがあり、「そうか、ここを上がると寅さんの部屋なんだ」と感動。「写真撮っていいですか」と聞くと、即座に「どうぞ、どうぞ。いくらでも」。しばらくして汗も引き、勘定しようとすると「お客さん、きょうは暑いからもっと水、飲んだ方がいいですよ」と、熱中症予防で水を勧めるおばちゃん。なんと親切な! お土産の団子はこの店で帰りに買うことを決め、いざ帝釈天へ。
 
ここが有名な帝釈天の参道です
 御前さまが登場する帝釈天は意外とこぢんまりした門構え。中は広かったのですが、映画ではもっともっと大きなお寺に見えたので、それもまた新鮮な驚きでした。
 
 
 さて、寅さん記念館まではもう少し歩かねばなりません。とらやで飲んだ水は既に汗となり、タオルで汗をぬぐいながらようやく記念館に到着。入り口にはミストがあって、眼鏡が濡れてしまいましたが、それは、それは、気持ちよかったです。これもおもてなしの一つなのでしょうね。
 
 中に入った途端、寅さんの世界が広がります。「くるまや」のセットを眺めながら、ここであまたの名場面が生まれたのだと思い、「ジ〜ン」。
 
記念館には映画の名場面がずらり
 一番感動したのは「寅さんのマドンナたち」のコーナーです。浅丘ルリ子さんが演じた「リリー」はお気に入りのマドンナです。「寅次郎忘れな草」「寅次郎相合い傘」「寅次郎ハイビスカスの花」、そして「寅次郎紅の花」に出演。旅回りの歌手リリーはきっぷの良さでは「女寅さん」という感じです。一方では気丈ながらも悲哀に満ち、寅さんならずとも守ってあげたいと思う女性です。何回も登場しているので再会を喜んだり、けんかしたり。そういう場面を見るにつけ、リリーが一番の寅さんの理解者ではなかったかと思います。お約束である「失恋」ではなく、寅さんファンなら恋が成就してもいいと思える、いや、成就してほしかったと思うマドンナだったのではないでしょうか。
 そのようなことをつらつら考え、映画ポスターの前でしばらく座っておりました。
  
マドンナコーナーはもう、涙ものでした。
やはり、浅丘ルリ子さんが演じたリリーが
忘れられません
 松坂慶子さんも良かったなあ。「浪花の恋の寅次郎」では寅さんの宿に押しかけ「うち泣きたい…寅さん泣いてもええ?」とすがります。しっかり受け止めればいいのに肝心なところで身を引く寅さん。今思い出しても切なくて、切なくて。忘れられない映画です。竹下景子さんの時もそうでしたが、寅さんの方から「所帯持つか?」「一緒に暮らすか?」などと言えば、寅さんも幸せになれたのにと思います。まあ、そうなっていれば、映画も48作の前に完結していたかもしれませんが。
 
 帰り際、記念館のスタッフの1人から「きょうは暑いですから、これ持っていってください」とうちわをいただきました。丁寧にお礼を言い、そのうちわをあおぎながらしばらく歩き、途中でお土産の団子を買い柴又駅へ。なかなか電車が来ず、駅にたたずんでいるうちに、さくらに見送られながら電車に乗る寅さんの姿が思い浮かびました。
 「世話になったな、さくら。達者で暮らせよ」「おにいちゃん、今度はいつ帰って来るの?」「そうさなあ…」という声が電車の音にかき消される。この駅でそういう別れがいくど繰り返されたのでしょう。
 
 「わたくし生まれも育ちも葛飾柴又です。帝釈天で産湯を使い、姓は車、名は寅次郎。人呼んでフーテンの寅と発します」。帰りの電車の中、その渥美清さんの口上がしばらく耳から離れませんでした。

 ふと、どこからか声が…「お前、遊んでばかりいて、仕事はちゃんとしてるんだろうな」。痛いところを衝かれましたが「それを言っちゃぁ、おしめぇよ」。



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