多田野 フー子
☆ハルさんの日常茶飯事
まっさつ

                                                         
朝の通勤時間帯。
ハルさんはいつもより少し早めの急行電車に乗っていた。


急行駅で人が大勢降りた後、何を思ったか60代後半の女性が
座っている人を一人づつ指さしをしだした。

「まっさつ」
「まっさつ」
「まっさつ」

(乗客に指をさしながら、沈黙の後)
「ん〜…考えとくわ」
「まっさつ」
「…考えとくわ」

と、端から端まで「抹殺」していくようである。


「あっ、次は私だ。なんて言われるんだろう。」

ハルさんは少しワクワク、ちょっとドキドキしてその時を待った。


しかし、その女性はハルさんを完全にスルー。
「えっ〜。素通り?  私は、抹殺すらされないの?」


端までの抹殺だけでは飽きたらないのか、その女性は、ドアの前で
参考書を読んでいた男子中学生の顔をわざわざ覗きこみに行った。

「あ〜、だめよ。だめ!」
言われた男子学生はキョトン。
抹殺レベルらしい。


不思議なことに、車内の乗客は、全くの無反応。
怒る人も騒ぎたてる人もいない。
「これって毎朝のルーティンなのかしら。」

バッグもなにも持っていないその女性は、終着駅に着いても
急ぐ様子もなく一番最後に車輌を優雅に降りていった。


まるで、「今日も電車の安全を守れたわ。」
っていいたげなようすで…。

いったい何なんでしょう。
世の中に理解できないことはまだまだ多い…と、
つぶやくハルさんだった。


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