ハルさんは、大学に通う娘と二人暮らし。 夫は単身赴任中である。
いつもとおなじ出勤の朝。
早足にマンション隣の公園前を歩いていたハルさん。
いきなり後頭部にボールがぶつかってきた。 バレーボールくらいの硬さだ。
ボールが地面に落ちる音と「すみませ〜ん」のことばを予想した。
…ん? 両方ともない。
周りを見回したが、子供や大人の姿もない。 ただカラスが一羽飛んでいった。
ハルさんが歩いていたのは、ちょうど木立の切れ目。
カラスが通り抜けようとしてよろけてハルさんにぶつかったもようである。
今は、電線に止まっているカラスが、ハルさんのようすをうかがっている。
「体当たりされちゃった。くちばしでつつかなかったから、私に怒って
やったのではないわね。」
何事もなく会社に着き、つつがなく仕事も進み、朝の出来事も忘れたころ、
スマホの留守電に気がついた。
マンションの管理人さんからだ。
「…お宅のベランダの窓に街灯が突き刺さっています。
ガラス屋さんに修理をお願いしたら、本日は18時までしか
いられないとのことでした。
なるべく早めに、ご帰宅下さい。」
な、なんだと〜。
街灯が窓に突き刺さっているだと〜。
なぜに?
管理人さんへの折り返しの電話で状況が分かった。
最近、マンション周辺で街灯設置の工事が行なわれているが、
請け負っている会社の不注意で事故が起こったとのこと。
ベランダの窓ガラスなしで夜を迎えたくないので、3時過ぎに早退した。
上司に早退の許しをもらう時、怪我人はいないが、ベランダの窓に街灯が
突き刺さっていると話すと見舞いのことばの後に笑われた。
同僚に伝えたら、
皆、笑った。
どうも、街灯が窓に突き刺さる画像を想像してしまうらしい。
急いで帰宅。
すでに、突き刺さっていた街灯は撤去されていた。
ハルさんを確認した管理人さんが走り寄ってきて、事故のようすを教えてくれた。
「事故が起きた同時、野次馬が大勢いましてね。テレビカメラは、見かけなかったけれど、夜のニュースになってもいいくらいの人の数でしたよ。」
3階の我が家の鍵を開け、問題の部屋に入った。
「失礼します」と、管理人さんも入って来た。
カーテンは裂け、カーテンレールは曲がっていて、
窓はサッシのふちごと壊れ、細かいガラスの破片が床とベッドに散らばっていた。
スマホで写真を何枚か撮った。
娘は大学の講義の後、バイトの予定で今日は夜まで不在である。
だれも家にいなくてよかった。
(つづく)
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