多田野 フー子
☆ハルさんの日常茶飯事
陸王、ありがとう


ある日の夜。ハルさん宅では夕食の真っただ中。

テレビのCMを何となく見ていた娘のモナが、呟いた。
「あっ、陸王〜。」
そこには、陸王で主役を張った俳優が映っていた。
今回は髪の毛がボサボサの侍の姿をしていたが…、確かに陸王である。


娘「ねぇ、お母さん。この前、浅草に行った時に宝くじを買ってなかった?」

ハルさん「あら、買ったわね。
確か、お財布の中に入れておいたはず…。」
と、財布の中を探すハルさん。



そうだ、あれはまだ早春の肌寒い頃、親戚が上京したので
浅草から東京駅まで半日かけてあちこち案内したのだ。

その散策の途中で、快活な音楽とともに光輝くブースが目に入ってきた。

宝くじ売り場である。


この前日、ハルさんがなんとなく見ていたテレビでは宝くじの特集をしていた。


宝くじをよく当てるという名人は、こう語っていた。

@売り場が、太陽の光をうけているところ、
A売り子さんの笑顔が素晴らしいところ、
でわたしは買います。


ハルさん目の前にある宝くじ売り場は、太陽がさんさんとあたっていた。

「よし、まる。」

後は、売り子さんの笑顔だ…。
10枚買って当たらなかったら悔しいな。
1枚でも買えるのかしら…。

「あの…、宝くじは1枚でも買えますか?」
おずおず聞いてみるハルさん。

「はい。1枚からお売りしています。」
感じのいい笑顔。
声もいい。

(笑う門には福きたる。ってホント、そうよね。)

「すみませんが1枚下さい。自分で選んでもいいですか?」

「はい。どうぞ。
どれがいいですか。」

と、買うのは1枚だけなのに選ばせてくれた。

その上、「どうぞ、当たりますように。」のありがたい言葉と
共に宝くじを渡してくれた。

それを財布に入れたまま、ずっと忘れていたハルさん。

「あっ、あった。」

「私がスマホで調べてあげる。」と、当選番号を調べる娘。

ハルさん「1枚だけだから、当たってないわよ。」

「あぁっ、お母さん。当たっているわよ……。
…3千円。」

「わっ〜。うれしい。1枚買って当たるなんて。神社にお参り
したご利益かしらね…。」

「お母さん、明日、替えてきてあげる。」

「あら、そう?
じゃあ、お願いね。」

というわけで、娘に換金してもらうことにした。


次の日、携帯にメールが来ていた。

娘からである。
「お母さん。ごめん、間違っていた〜。
宝くじ売り場でチェックしてもらったら違ってた。

3千円でなくて……、3万円ですって。」


ハルさんは、びっくりするやら、うれしいやら。
口をついで出た言葉は、
「陸王、ありがとう〜。」
だった。


娘のメールは続く、
「今夜はお祝いだね。
美味しい生ハムとチーズを買ってもいい?」

ハルさんは、
「いいわよ。お母さんは、○ンタッキーのフライドチキンを
買って帰るわ。」


うきうき帰宅したハルさん。

ハルさん「ただいま〜。」

娘「おかえり〜。」


キッチンには、○伊国屋のスーパーの紙袋と万札が2枚と小銭があった。

「お母さん、先に始めちゃった〜。」

娘はシャンパンを飲んでいる。

それも、モ○・エ・シャンドンのロゼ…。

テーブルには、生ハムとブリーのチーズ…。

全部ハルさんの大好物ではある…。
そうではあるが…。

(超高級スーパーの○伊国屋で買って来るなんて…!
近所のスーパーにだって、美味しい生ハムとチーズは売っているのに…!)

帰宅前は、あんなに嬉しかったのに、だんだん腹が立ってきた。

「お母さん、フライドチキン、買って来てくれた?
ピザも頼もうよ。」

「ピザ?
頼まなくて、いい!
お母さんが、作る!!」


「お母さん、なに怒ってるの?
笑う門には福きたる、でしょ。」
                                                   

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