Dandy?渡邊のCity日記   熊のつぶやき part3 吉祥寺編 2012.1.26

大変長らくお待たせしました。「おいおい、あの熊っこぁ本当に冬眠してらんでねぇな」と心配された方もいらっしゃるのではないでしょうか。でも、そんなことは決してありませんよッ!。お江戸では冬眠に適した木の根っこの穴がなかなか見つかりませんからね…??? って、そんな理由ではなく、日ごろ暇な熊っこも一応、年末だけは忙しい新聞社の社員なんです。しかも「酒を飲むことが仕事」的な部分もあって、忘・新年会に忙殺され、生来の無精に拍車が掛かって皆さんをやきもきさせていた−というのが事の次第です。深く反省しつつ、前回約束した吉祥寺編の始まりで〜す。


    なぜ、吉祥寺へ?
ドラマ「俺たちの旅」のロケ地として、何度も登場した
七井橋通りから井の頭公園に通じる坂道



 「♪チャーン、チャカチャンチャーン ♪夢の坂道は 木の葉模様の石畳…」(by中村雅俊)で、お分かりでしょう。そう、1970年代の吉祥寺を舞台に現実社会の中で、もがき苦しみながらも成長していく若者たちを描いた青春ドラマの最高傑作「俺たちの旅」に憧れたからです。

 ドラマが放送されたのは1975年10月からで、当初は半年間の予定だったものを好評につき1年に延長し、76年10月までの計46回になったと聞きます。当時、Dandy?は弘前高校の2年から3年生だったので、本来ならば青春ドラマにうつつを抜かしてはいられない状況だったのです。

 にもかかわらず、俺たちの旅はやめられなかったんです。カースケ(中村雅俊)、オメダ(田中健)、グズ六(秋野太作)が織りなす青春模様に引き込まれ、夢中になって見ていました。それにワカメ(森川正太=何の関係もありませんが、Dandy?の弘前高校、明治大学の同期かつ大のけやぐであり、4年間吉祥寺に住み、現在は中泊町の教育委員もしているM君にそっくりです)、洋子(金沢碧)もいい味を出していたし、オメダの妹真弓(岡田奈々)もかわいかったなぁ…。


    驚異の視聴率

 俺たちの旅の視聴率に関する資料はありませんが、今では考えられない高率だったのは間違いありません。昨年、ドラマ「家政婦のミタ」が大ヒットしましたが、今のようにBS、CS放送がない時代だけに単純比較はできないとはいえ「俺旅」は若者なら大半が見ていたと思います。

 ちなみに「1999年バージョン」として、カースケを森田剛、オメダを三宅健、グズ六を岡田准一が演じたリメーク版は、初回こそ「俺旅」の熱狂的なファンの期待もあって16.1%の視聴率を記録したものの、2回目は5ポイント落として11.1%、3回目以降は1ケタ台にとどまった(最終回は11.8%)経緯があります。
 
 時代背景もテレビ視聴をめぐる環境も変わったとはいえ、いかに第一作が若者の支持を得ていたかが分かろうというものです。また、エンディング曲「ただ お前がいい」に合わせ、毎回流れる散文詩がまた良かったですね。作者は不明ですが、今なら相田みつをの詩に通じるような何とも言えない共感を覚え、Dandy?は「ニーチェの詩よりも、リルケの詩よりもいいじゃ」と心酔したのです。
 
 
    おら、東京さ行ぐだ

 大鰐中学校を「一番で卒業して」(といっても最後の2回だけですが)、神童ともてはやされて弘高に入ったDandy?のことですから、入学当初は360人中50番以内にいたんです。ここで、根っからのお調子者はすっかり弘高をなめてかかったんですね。その結果、1年後には成績は急降下していたにもかかわらず「やる時はやるんだね」と脳天気ぶりをフルに発揮し、志望大学はこの期に及んでも「第1志望東北大学、第2志望北海道大学」。

「俺旅」ワカメのアパートで、後にカースケたちが
居候した「たちばな荘」



 しかし「俺旅」にどっぷりはまっていたころ(何も俺旅が悪い訳ではありません)の模試では合格可能性が最低ランクのD。さすがに現実を直視し始め、3年の夏に「もはや5教科の国立大は無理」と判断し、両親に「ワ、東京の私立大学さ行きて。その代わり必ず東京6大学(もちろん東大は対象外です)さ入って、卒業したら家さ帰る」と頼み込んで、何とか許しを得ました。

 幸い英語だけは自信があったし、現代国語もまずまず(だから今、新聞社にいられる?)。あとは古典・漢文と社会(最終的に日本史でした)を集中的に勉強するだけ。入試直前の冬休みには1日14時間勉強しましたよ。睡眠はしっかり8時間取って、あとの2時間は食事と風呂の時間だけ。今、振り返っても、あの時は根性があったし素晴らしい集中力だったと思います。


    今は芸能人養成学校?

 目指すは明治大学です。法学部、商学部、政経学部と受け「オメ、将来何の職さ就きてぇのよ」と言われそうですが、そんなそしりなど痛くもかゆくもありません。「ワだばメイジさ入るんだ」。結果は3学部中最初の試験となった法学部だけ合格したため、けやぐからは「出合い頭の一発当だったでば」と冷やかされましたが、そんなことはありません。「やればできる男」なのです(正確には、だったのです?)。

 しかも法学部は明治では最難関でした(ほかの学部の卒業生の皆さんごめんなさい)。そういえば最近、後輩で芸能人が数多く出ています。女優北川景子は商学部、俳優向井理は農学部、ヤマピーこと山下智久は商学部、お笑いのオリラジ藤森慎吾は政経学部、さらにあのモンスターユニットEXILEのKENCHIは理工学部です。特にヤマピーは大学だけでなくジャニーズでもDandy?の後輩です(って、ふざけるのもいい加減にします)。同期では地味ですがタレント柴田理恵(学部不明、というかあまり興味がない)がいたそうな。


    ついに若者の街へ

 vol.4で大学前半の2年間を過ごした西巣鴨を卒業したもう一つの理由を説明しましたが、いよいよお年寄りの原宿≠ノ別れを告げ、若者の街・吉祥寺に引っ越しです。駒場で父親が建具屋を営む友人から軽トラを借り、運転までしてもらって、いざ!Dandy? ワゲモノのマヂ見参です。

 住所は正確に言うと杉並区松庵で、吉祥寺駅からは歩いて15分(学生当時の元気いっぱいだったころの話。一昨年、出張で上京した際に腰痛を抱えながらも歩いてみたら25分掛かりました)。井の頭線を使えば吉祥寺から2駅の三鷹台で降りて徒歩5分、立教女学院(高校、短大)の正門前でした。またアパートの真ん前が立教女学院前バス停でしたので、西荻窪駅まで10分、荻窪駅までは15分と便利で、よく荻窪駅の立ちそば「山田うどん」で肉そば(東京のそばは大体おいしいですが、特にこれは絶品でした)とおにぎりを食べてから登校したものです。

 
    なんぼ、賑やがだんだ!

 それまでも、先述のM君のアパートによく遊びに行っていたので吉祥寺の賑やかさは分かっていましたが、いざ自分の本拠地になってみると「まぁ、バゲ遅ぐまで、よぐこったらにワゲものバフケデ(遊んで)るもんだ」というのが、あおもりびとの率直な感想でした。そのバフケデる暇人の中でDandy?たちも当時流行っていたインベーダーゲームをやったものです。もちろん名古屋打ち≠烽オましたが、基本はへたでしたけどね。

 中でも北口のサンロードは代表格です。そうです。「俺たちの旅」のオープニングでカースケ、オメダ、グズ六が3人肩車をしていたショッピングモールです。アルバイトでピエロに扮したカースケがビラを配るシーンもありましたね。

 そんな活気があり、女子大生もいっぱい遊んでいる吉祥寺にいるのに、なぜかDandy?グループには女っ気がほとんどなし(かろうじてDandy?には遠距離≠オていた彼女がいましたよ)。「ワだばイばて、オメだぢ、わんつかサビしぐネ?」とDandy?が上から目線≠ナ説教しても「ベヅにぃ…」という連中でした。

 
    Dandy? 浮気の危機

 そんなある晩秋の日、中学の同級生Rさん(以下、敬称略)から手紙が届きました。弘前K業高校を卒業して都内に就職、20歳で山梨県内に嫁いでいたのですが、お盆に帰省した時、Dandy?の住所を確認したそうです。「◯月◯日に上京します。よければ◯時、吉祥寺駅南口で待ち合わせて飲みにいきましょう」。

 そうして当日、Rはやってきました。「どっか、いい店知ってる?」と標準語のRにDandy?は「こぎたねんた店だば2軒ぐらいおべでるヤ」。「そんなくたびれたオヤジとか学生が行くような居酒屋じゃなくて!」「って、しゃべるばて、ワも学生だんだばって」…。こんなやりとりの末、歌手・菅原洋一さんが経営する少ししゃれた店で飲むことに(もちろん社会人のRにごちそうになりました)。ちょうど菅原さん本人も店に出ていましたよ。「♪あ〜なたの〜過去など〜 知り〜たくな〜いの〜♪」ってが…。そういえば店の名前も「知りたくないの」だったような記憶が…。

 ほろ酔い気分になり「そろそろ電車の時間でねぇの」と聞くと、Rいわく「主人は長期出張中だし、きょうは泊まっていくよ」。 ??? どひゃ〜!! 泊まるってしても、田舎の彼女のことはRもよぐおべでるし、中学校以来Rのごとばケヤグだどは思っても、オナゴどして見だごとはネばて……。へば泊めでもいべが? んにゃ、今は一応人妻だし、一番問題だのはアパートさ布団1組しかねぇ!!!。「まいね!」。浮気回避が決まった瞬間でした。

 結局、その日はDandy?推奨の小汚い居酒屋で飲み明かし、早朝に南口近くで締めの立ちラーメンを食べてRを見送りました。後でじっくり考えました。「もしがしてR、中学校の時がらワのごと好ぎだったんだべが。あのあだり、あんましファンよげで気つがねがったじゃ」。そのころからおめでたい人間でした。

    おしゃれな街に
住みたい街ランキング全国1位だけあって、おしゃれな
店が多い吉祥寺

 吉祥寺は以前からのサンロードに加え、ダイヤ街、ハーモニカ横丁などがあり、いろんな店があって楽しめます。
特に、通称「東急(百貨店)裏」にはおしゃれな店が立ち並び、当然のことながらDandy?が暮らした30年と少し前より、ぐっとハイセンスな街になりました。
また、先述の井の頭公園や三鷹の森ジブリ美術館など楽しめる場所も多く、住みたい街ランキングで何度も全国1位になっているのもうなずけます。

 ここで過ごした2年間は、生涯忘れることはないでしょう。そして今、社会人として30年ぶりに東京にいますが、同じように一生の宝になる花の都勤務とすべく奮闘していく所存でございます(最後ぐらいはまじめに締めさせてください)。




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